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心の原点

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過去から未来永劫にわたって永遠に続く魂の営みに比べたら、たかが数十年の人生など微々たるものだ。物質的に恵まれても心まで満たされることは永遠にないような気がする。生命はそれほどまで過酷なカルマを背負って生まれてくるのである。生老病死の苦しみから逃れる方法はあるのだろうか?。以下序文より・・・

「人間の生活は一見安定しているかのようにみえるが、一寸先は闇であり、不安定そのものだ。死と隣り合わせに住んでいる。生まれた以上、死はさけられないが、それにもかかわらず、人びとは目前の生活に追われ、五官中心の毎日を送っている。喜怒哀楽は人生劇場の台本に欠かせないものだが、しかし、人がそうした生活を続けるかぎり、人生の真の喜びを知ることはできまい。平和はこないだろう。人間が本当に平和を望むならば、物質にほんろうされない、五官中心の生活にピリオドを打たねばならない。なぜなら、五官六根からは、私たちの心の安らぎは、決して生まれるものではないからである。
表面的な教育や説法ではもはや神の子としての己を知ることはできないだろう。それには奥深い心の内面から正す以外に道はないだろう。
私たちは、通常五官の範囲内で生活しているが、実はもっと広い五官以外の次元を異にした世界に包まれ、その中にいる。
肉眼で見える範囲はきわめて狭く、きわめて不安定である。私たちの肉体はエネルギー粒子によって支えられているが、それを目で見ることはできない。形あるものはいつかは崩れる。形あるものは、形のない光の粒子によってつくられ、そうして絶えず新陳代謝を繰り返してしるのだ。
心の世界、魂の在り方もこれと同じで、私たちの生命は永遠の旅路をつづけている、調和という目標に向かって。心や魂については、普通は見ることも触れることもできないが、しかし、五体が朽ちれば、次元を異にした世界で生活するのである。こういうといかにも唐突に思われるが、事実は曲げられない。
私たちが心の世界、魂の存在を認識したとき、五官や六根にふりまわされた生活のはかなさ、哀れさをハッキリとしることができよう。なんとなれば、この世の生活は永遠の人生行路の一齣であり、その一齣に、ほんろうされる無意味さを悟るからである。
心行(しんぎょう)という言葉は耳新しいであろう。だが、調和という目標を知っている私たちの心は、それに目を向けようと向けまいと、私たちの毎日の生活行為がそれに合致するように望んでいるのだ。大自然の計らいと人間の在り方というものは、永遠に変わるものではないし、私たちの心はそれを知っているのだ。

昭和48年4月8日 高橋信次」
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by BigBlock-power | 2005-03-09 15:00 | 雑記